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大型の台風による記録的な被害に見舞われたその年の北海道中南部に位置する山脈の、ちょうど中央あたりの頂上肩に、大学の登山パーティが幕営撤去していた。1年の準備が遅いので、少し高い所で待つ2,3年は苛立ち始める。テントのフライをなかなかしまえなかった一年が上級生の所へ走っていく。3年生はムカついた顔で「まあ、これから慣れるように」とやんわり棘を刺し、地図に予定より相当遅れてしまった出発時刻を書き込み、「行こう」と一言。一行は次のテン場を目指して頂上を後にした。
そんなことがあったなぁ。
富井 良介(CL)
小橋 良平(SL)
岩淵 泰徳(F)
8/8
紹興酒入りのペットボトルを持ってUP(内田パーティー)を見送りに行く。久米さんに久しぶりに会う。無事を祈る。
8/9
この日はちょこまかといろんな物をザックに入れ忘れてはパッキングをやり直した。
6時半、柏でカメラを買い、シンショウを待つ。Doさんに花火をもらう。俺の趣味だと思ったのか、Doさんの趣味なのか、表紙がアキバ系キャラクターだった。線香花火使用上の注意を受ける。ずっと根に持ってやがる。そしてもう一人の「見送りを待つ」というおかしな話。車掌さんは、手にプルーンをひっさげてやってきた。7:23常磐線水戸行きに乗車。フェリーターミナル到着後、岩淵を待つ。22:50岩淵が到着。全員揃った。苫小牧には明日の19時に着く予定だ。
フェリー乗車後、30分程これからの予定を説明する。そして大量の酒を空ける。レストルームにピアノあり。TRWVの音楽会が始まった。岩淵はコンクール出場経験を持ち、シンショウはなんと片手で弾くという高等技を披露した。
この時点で既に車掌さんからもらった餞別を使い果たす。ポン酒とプルーンは合わないことを知る。
そういや国会が解散した。
柏駅18:30――大洗港22:10――23:59出航
8/10
取り敢えずやることは何もない。フェリーも4回目なので少々飽きた。風呂に入ったり甲板に出たりして時間を潰す。ヘスティアは設備こそしっかりしているが飯があまり良くない。
19:45苫小牧着。3人は北の大地を踏みしめた。バスで駅へ。「なかぜん」という店で壮行会を行う。値段、雰囲気なかなか良い。帯広ではきっと何かと忙しいだろうから公園で花火大会。みんな黙々と火をつけ、花火を見つめる。盛り上がりに欠けるので近くのコンビニからもう一袋買いに行き、火薬をちぎり、積み上げて一気に火をつける。花火を普通に使うのは性に合ってない。変な伝統にならなければいいのだが。点火した花火は閃光とともに白煙を巻き上げ公園一帯を昼間のように明るくした。
火を見て興奮したアホ共がまたまた深夜まで酒に溺れる。パトカーが巡回に来たので隠れる。あちゃー、始発まであと4時間しかない。気がつくと手に大きな水ぶくれができていた。
19:45苫小牧港――バス――苫小牧駅
8/11
始発で追分。新夕張から特急に乗り換える。ここから新得までは特急でも18切符が効く。11:35帯広着。早速帯広市警へ計画書を提出に向かう。
婦警さんは2年前の日高Pを覚えていた。入山と同時に台風に見舞われ、下界では結構な騒ぎになっていた。「一昨年こんな奴等がいたんですよ...」「それは俺達です」「.....」
長崎屋で買出し。10日+予備5日分の食糧を買う。水場の関係上、汁物のできない日を考慮して
5食分をドライカレーやチャーハンにする。野菜は玉葱のみ。かさを減らすために行動食からせんべいをはずす。
酒は無い(爆)。俺以外のメンバーは酒をあまり飲まない。替わりに水500mlをペットボトルに入れて持っていく。ヤオロで水がとれるかどうか分からなかったため。「ぱんちょう」の最も値段の高い豚丼が下界最後の晩餐。
苫小牧駅発6:15――11:35帯広
8/12
視界を阻んでいた重く濃い霧は、タクシーがピョウタンの滝に着いたあたりで一気に消えた。雲ひとつない快晴。入渓点を見て驚愕した。腰まで水につかって渡渉した一昨年の水量と比べてしまったのである。余談ではあるが、北海道に台風が来る年は5つくらい連続で来て、来ない年は1つも来ないらしい。海上温度が25度以上ならば、台風というのは消滅してしまうようだ。
単調な河原歩き。巻きは1回右岸から。11:17上二股。浄水に時間をかける。稜線に続く尾根が南西に向かって伸びている。
帯広(タクシー)――8:15コイカクシュサツナイ川入渓――580十字股10:25
――640上二股11:17C1
8/13
2時起き。ヤオロでゆったりした時間を過ごすべく4:20発。最初は笹薮で、徐々に左右が落ちて細くなっていく。1305より少し上で視界が開ける。2人組のOP(おじさんパーティー)に会う。上二股テン場で沢靴が木にひっかかっていたがこの人達のものではなかろうか。
尾根をひたすら登る。2次元的に地図をみると、二股からピークまではとても短い。その区間で900mUPということはつまり、かなりの急登だ。俺のザックにはこれから9日18食+予備5日10食分の米が詰まっている。春合宿の失敗が頭にあり、1食の量も多めに持ってきたのでどうしても遅れてしまう。後で飯の多さに助かるのだが。
1500から、日高の象徴ハイマツが出現する。詰めだ。9:05コイカクシュサツナイ岳ピーク。
これから辿る日高主稜線、その一端コイカクピークから一昨年と同じ方を見る。あの時は憔悴しきっていて、ガスも出ていたのでこんなに広大な景色だなんて思わなかった。日高中部の全景が望める。
ピークで30分休憩。一昨年の骨Pとは反対に、我々は南の方へ歩き出す。ようやく俺の夏合宿がはじまった。1839峰を目指す一般登山者はあまりいない。で、ヤオロにテン張り、以降さらに南下してルベツネまで行く人はほとんどいない。出発前ピョウタン滝の山岳センターに問い合わせたところ、結構心配された。
それでもコイカク~ヤオロの稜線のハイマツは、まだまだ登山者に優しい。というよりむしろ道そのものだ。ただ時折急な岩の道になり、そこでは手足を使う。これに加えてコイカクまでの登りによる疲労があると少々辛い。途中15分程度の休憩を3回程入れた。1752手前の肩ピークで休憩していると、登山者がやってくる。帯広畜産大のワンゲルOBで1839に挑んできたという。ヤオロの水場について訊いて見ると快く教えてくれた。下調べした南東側でなく、真南のヤオロマップ沢の源頭に水場があるという。彼も今朝とって来たというので、そっちは確実なようだ。これで水の心配はなくなった。後々考えてみると、ヤオロで何が何でも水を汲まなければ、サッシビチャリから敗退しなければならなかった。暑いので水の使用量も多かった。
13:30、日も高いうちにヤオロマップ岳ピークに到着。テントをたてた後、先程教えられた水場に下りる。急なのでしりもちをついてややたよりない踏みあとに忠実に7分ほど下ると、ペットボトルの底を切り取って作られた簡易的なミニ集水器を発見。ポリタン4本を取るのは時間がかかりそうなので、もう少し下ってみる。さらに3分行くと、自然が作った祠のような土穴があり、奥には上の集水器よりも確実な量の清水が湧き出していた。赤テープを巻きつけてしるしをつけておいた。それから早速したたり落ちている水線の下にカップを置いてポリタンに汲み始める。4本を満たすのに40分かかった。カップがないと相当汲みづらいので次行く人は注意。毎年水があるわけではないということだが、下は聞いていたほど急ではないから頑張って下に行けば取れなくもないかも。ただ確認したわけじゃないのではっきり断言はできない。そもそも日高縦走の難しさは、稜線上に水がないことなのだ。計画を始めて間もない頃はヤオロマップ沢から稜線にあがろうと考えていたが遡行が困難そうなのでやめた。水をすべて汲み終わり15時前にはテン場に戻れた。
コイカクからのナイフリッジを見返すと、西側は落ち日に照らされ、東側は影をつくり深く切れ込んでいる。南西に1839が聳え立つ。そして南にはこれから向かうルベツネ、ペテガリが遠く一望できる。その奥には神威があるのだろう。1600峰までの稜線に濃いジェラートのような霧が覆い被さっていた。晩飯のチャーハンはラードが利いてて好評。
4:20C2――1305m7:00――コイカクピーク9:05――1752肩11:40
――ヤオロピーク13:30
8/14
昨日の水の使用量を考えて不安になり、もう1度水場に水汲みに行く。1600への稜線は人の踏まない激藪コースと聞いている。今日中にCカールに着くのは難しいだろう。
ヤオロを発つ。急な下りにマツの太い根が張り巡らされていて、足をひねりやすい。1569前後からは知床並み。笹とマツの複合要素でとても進みづらい。悪いことには昨日のジェラート霧が露化して体が濡れてくる。結局1600ピークに着いたのが12:00。本日中Cカール到達は出発1時間で諦めていた。この後のテン場は1469コル以外あまりはっきりしなかったので、今日行動はそこまでにする。ということでピークにて1時間ほど休憩。岩淵が悲鳴をあげる。何かと思ったら、大きなハエが耳の奥に入り込んでしまったようだ。耳からブンブン音がしている。シャレにならん。早く取らなければならないのだが、ほっくり返して潰したりでもすると今合宿中は取れなくなる恐れがある。誰かに取ってもらった方がいいので耳の方を上に向かせて覗き込んだら簡単に出て行った。
行動再開後、相変わらずの進みづらさにうんざり。一歩一歩が全力だ。1600から下りきったところでテン場が見当たらなかったので戸惑うも、前方に少し偵察に出たシンショウがテン場と熊キジを発見して戻ってきてくれたので、キジはよけてテン場に到着。
テント設営を終えてしばし談笑。熊の話をしていると、5mほど下の藪の中からでガササッという音がして何か黒い大きな獣が逃げていった。全員に緊張が走った。スプレーを用意。
4時ごろにわかに雨が降り出したので、持ってきた折り畳み式の傘を広げ、反対にしてテントの外に置いておく。夕食を食べた後傘に溜まった雨水を汲み取ると、2?のポリタン1本を丸ごと満たした上紅茶分まで提供してくれた。
ヤオロマップ頂上5:23――1569ピーク8:45――1600峰ピーク12:00
大休止1h――14:401469コルC2
8/15
終戦記念日。相変わらずのガス模様。行動開始は4:30。最初は昨日の続きで笹とマツのコラボレーションで精神的にやられるも、1688付近でテン場を発見した。昨日の時点で何とかここまで行くことも可能ではあったのかも知れない。ここからは腰くらいのハイマツだけになり少し進みやすくなる。
ルベツネ山頂でもガス空は一向に回復をみせず展望悪し。無理やり写真を撮る。ルベツネ~1535間はなだらかな斜面の下降だし、ネットではペテガリまで2時間で行けると書いてあったので、ならばカールまでは1hで行けるんじゃないかと予想したが、少々高めの藪に進みも遅くなり、1720まで1時間を費やした。少し雲間から光が差し、期待が膨らむ。だが束の間のことで結局合宿の終わり頃までこのガスが晴れることはほとんどなかったのね。
1535のコルあたりで、稜線は若干東に折れる。カールへの下り口で今にも取れそうなピンクテープを発見。カールはガスのため見えず。新たに赤テープをきつく巻いておく。ここからかなりの斜度の沢筋を滑り落ちるように下っていく。天気のせいで、浮石が泥の上に乗っかっている感じで、時々土砂崩れが発生する。途中沢筋を見失うこともあったが、基本は最後まで一定の方向に下って行けば良い。ガスってなければカールが見える。
かなり下ってしまったので、明日の登り返しが大変そうだ。
カールに到着し、テントの近くに二人を残し自分は水場を探しに行くがこれまたえらいこと下に下りる。カールはいくつも有り、マツ林で区切られている。テン場のあるカールからずっと下りていくと、ハイマツのトンネルあたりから水がチョロチョロと出始め、苔むした沢の源頭まで行くとやっと汲めるようになる。熊スプレーを持っていった方が良さそうな雰囲気。今回はシンショウの提案で2つ持ってきたから、テントの方でも一つ所有しているので安心だが、一人こんなところで遭うのはとても嫌。
テン場に戻りラーメンを食す。一同空腹も満たされ下界への愛しさが少しだけ薄らいだ。食虫植物が群生している。小石を落として捕まえさせて遊んでいると怒って相手にしてくれなくなった。夕食はバターライスカレー。ラーメンとカレーなんて下界以上に贅沢だ。学食でもやらん。
4:30C3発――ルベツネ山頂8:45――1720P10:10――1535コル11:20
――Cカール12:30C4
テン場は記念碑の側。水場までは10分強。
8/16
二度寝。朝日が昇ると一瞬霧が晴れ、雲平線と表現するのかカールに続く谷間に雲が溜まってずっと続いている。昨日ガスで確認できなかった1535コルもはっきりと見えた。4:50出発。昨日滑り落ちるように下った踏み跡を登り返す。泥のついた滑り台を下から登る感じなので、それなりに難しい。5mほど滑り落ちてしまった。やっと1535に着いたとき、俺だけ泥人形と化していた。
これよりペテガリ側の稜線は、さすがに踏み跡がしっかりしていてたいしたことはなかった。ペテガリ登山者が水を求めてCカールに下りていくためだろう。ただし1647前後からの稜線西側が垂直近く切れ落ちていて、踏み外したら死ぬ。
快適に登り続けること約2時間で遂にペテガリ頂上を踏む。核心部は終わり。写真を撮ろうとするがやはりガスっていて景色が望めないので仕方なく標識とツーショット。3m下にテン場有り。日高主稜線は大体ピークで泊まれるらしい。
登山道を下る。たかが登山道とたかをくくっていたが、かなり急な坂なので、合宿中盤の疲労が重なって足に来た。シンショウも岩淵も無言でドシンバタンと大変そうなので1050で今日はテン張ることにする。後1時間でペテガリ山荘まで行けるのだが、そうすると明日の行程が楽になりすぎるのでまあいいか。テン場といっても少し広くなった登山道の真ん中である。テントを張ったらもう人の通る場所はない。ごめんなさい。みんな頑張ったのでナッツ類を出す。
(ペテガリの下りでこんなに時間がかかったのは不思議。)
4:50C4――ペテガリP7:43――1301P9:35――1293P11:59
――1050P13:25C5
8/17
本日の行程、Jr.ハイキング級。ゆっくりと6時出っぱして昨日の残り1時間程を片付ける。
沢筋に入り程なくして、実に何日ぶりかの人口建築物が見えてきた。現在地震の影響で、車でペテガリ山荘に入る林道は完全封鎖。ここでタクシー呼んでも来てくれません。敗退するにしても1つ尾根を跨いで神威山荘に行かなければならない。尾根への踏み跡はペッピリガイ川の504符近から神威山荘下のシュオマナイ川の二股へ続く。
うだうだ歩いて2時間というところ。河原の向こうに続く赤テープが有り、歩いてきた林道も続きそうにないのでここだと確信し、尾根跨ぎに突入。進行方向ははっきりと分かるが、枝沢を登っている。沢靴は不要。ゴーロ地形やナメ滝も出現。途中で何かの植物を掴んだ後、その棘が刺さりしびれて痛くなった。尾根越えもトータル2時間程。シュオマナイに出たところで広々とテン張る。
早速焚き火開始。バールにフキとお湯を入れて火に近づけて試食すると美味かったので、あたり一面に生えてるフキを若い奴だけ選んでとり茹でた。たまねぎ以外の野菜は貴重だ。
釣りをしようと岩をひっくり返し2匹のウチダムシをGet。早速釣り針につけて開始しようとしたら...ハリスはあるが糸がない。しまった、自宅の机の上だ。仕方なくさおの先に直接ハリスをつけて太公望。
*ウチダムシ...河原に住む蛾か何かの幼虫。正式名称不明。04年度知床で内田に教わったので命名。流れの速い浅瀬の岩の下に砂利の蓑をまとい張りついている。トビゲラのように逃げたりできないので、発見された時点で釣り餌になるためだけに生まれてきた可愛想な生き物。
C6
8/18
神威山荘のちょい下なので、川伝いで登山口に出ようとしたが失敗。山荘直下の滝に木で作られた土石流止めの柵がある。しょうがないので左岸を高巻いて一旦山荘に出る。入林ポストがあったので一応計画書の脇に今後の予定を書いて入れておいた。ここで京都ナンバーの車に乗り下山せんとするお兄さんに出会う。「神威まで登るの?」と訊かれて「はい、明日はソエマツまで」と答えるとびっくりした。「コイカクから来ました。」追い討ちをかける。そして車は去った。乗せてもらいたいシンショウ。クライマックスはこれからである。何だかんだでニシュオマナイ出合の430二股に着いたのは6:30頃。
430からの登りは沢と登山道をミックスした不思議なルートで、岩をつたって渡渉する場面が非常に多い。沢靴じゃないのでみんな滑る。途中から無理に飛び石せずに水中をバシャバシャと歩く。
8:50、900付近尾根取り付き点。その前から水を早く揚げすぎた。ここで取ればよかった。ここからはコイカクの始めの登山道に似て先の見えぬ急登である。ここに来て岩淵疲れ気味。初日から今までペースを落とさなかったが、久々に日差しも強くつらいようだ。俺はというとここまでで米を結構消費していたので荷物も重くなかったし、それ程は疲れなかった。(ただ毎夜不眠のせいで眠かった)
11:30、1150付近。意外に早く終わりそうだ。ここからの植物群は笹薮からハイマツに生態系を変え、また主稜線に近づいていることを実感する。あと少し。
12:15、今日のテン場、神威山頂。ガスは完璧には消えてくれないようだが、景色は素晴らしい。4時までやることはない。禁煙1週間にして、俺の中で何かが切れる音がした。在京に近況報告をするべくケータイの電源を入れる。電波表示は3本立つ。さすが神の住む山。ところで日高稜線上での電波の入り具合を全て調べた人にノーベル山岳賞を送りたいのだが。ちなみにヤオロでは全然ダメだった。まぁauは入りづらいって言うし。
白神Pの帰還を知る。残念ながら完走は断念したらしいが無事で何よりだ。
シンショウが絶叫。胸のあたりをダニに頭をつっこまれていた。俺に任せろ!ブチ。そういう意味で取れた。ダニの頭はしっかりと体内に残り、シンショウはその後しばらく心の扉を堅く閉ざしてしまった。さぁ、昼寝でもするか。岩淵はどこかに行っていた。サンダルを前のテン場に忘れた。
C6――
8/19 猫の額を目指す濡れ鼠達に捧げる北の大地の鎮魂歌(意味不明)
秋雨前線の攻撃。北海道に数千のダメージ。ステータス異常発生。大雨警報発動。神威を下るかどうか本気で悩む。シンショウはまだ落ち込んでいた。
あと1日進もうか。沢の増水は恐いけれど、一日だけなら間に合う(のか)。予報が裏返ればピリカまでいける。今合宿史上最も苦しい一日が始まった。
ハイ松の水滴によって10分でびしょ濡れというか水ダルマ。行動していてなお寒い。ピーク1361の2つ手前コルで一休み。一回止まるともう動きたくない。本日ソエマツピークまで行けなかったらビバーク中に全滅ですね。
1468を少し下った先は踏み後不明瞭。ここから背丈以上の激松。南からの風が著しく湿気を含む。雲に体当たりされているみたいだ。さらに1397からは爆松というべきか。進度10m/分。
ソエマツピーク着2時半。地図上で人差し指1本分の距離に7時間以上。ソエマツからは進むも逃げるも沢下り。何としても今日中に頂上まで行きたい。2時50分西肩を発つ。無心で急斜面を這い上がる。最後の最後まで激藪。16時15分ソエマツピーク。
猫の額といった表現がぴったりの頂上部。大部分がハイマツで、その一角に小エス0.8張り分のテン場発見。0.8張りってのが腹立たしいよな。いわゆる山の十円ハゲだよ。
北海道全域における今後5日の悪天候予報は揺るがない。増水寸前のヌビナイ上流をクリアしてもガスの中、ピリカの下りでルート判断できる自信ない。その先にはやっぱり沢歩き。これ以上は進めない。というより明後日の下山も保障できねえ。黒飴を煮溶かすと美味い。
夜は固まって寝た。
8/20
濡れた体を起こすべく、再度黒飴を煮溶かす。メシを炊き紅茶を入れ、結局出発は6時近く。外はやはり異常な寒さ。霧中ソエマツの景色を写真で撮る気にはなれないが、事実を残すためシャッターを切る。これが夏合宿最後の山頂となった。
中ノ川北面ソエマツ直登沢に入るため藪を下降する。テン場の北にある藪の薄そうなポイントを選び下りやすいほうに向かうと、植生の中に石段状の沢筋地形が現れ、40m程下れば見事開けたスラブ帯が出現。沢靴に履き替える。
ちょっと怖い急斜面ではあるが、ホールドは比較的しっかりしている。下がり始めてすぐの所に湧き水発見。ソエマツピークから取りに来られるので、状況によってはあそこで停滞も何とか可能なことが判明…あんなところで絶対したくねぇ。
懸垂下降1回、荷降ろしが1回。残地シュリンゲが存在した。かなり古くなっているが、引っ張って確認した後下降に利用した。来年以降ここを利用する人は左岸の樹木を利用した方が良いかも知れないよ。
やがて地形はナメの急斜面から大岩がゴロゴロ敷き詰められた崩壊した谷のように変化する。浮石も多い。夏合宿に向けて新しい沢タビを買ったのだが、足裏感覚重視的な造りになっていて、フリクションが抜群なのは良いが岩の感触がもろに来る。健康になった。
白いゴルジュも姿を見せた。岩淵を釜に飛び込ませる。
686の二股を何故か見落とした。535の二股に着いたとき、これを686のそれと勘違いしていたので、今日430に着けるかどうか心配になっていた。従って、430三股に予想外のタイムでたどり着いたときは、ワープしたのかと思った。最後のテン場にザックを下ろす。
カジカのような魚がウヨウヨいた。岩淵君手で捕まえようとしていたがどうなのだろうか?
最後の夜は焚き火を前に夜遅くまで語り合った。
(地図ケースにカメラとコンパスを入れると磁石が微妙に狂う。)
8/21
最終日の朝の準備運動くらい元気にやれ。だらしない声で号令をかけるな。歩き始めて20分程でS字峡着。右から巻くも行き場が無くなり折り返し、左に行くと楽勝。さらに行くと水深2m以上の渡渉点が出現。流れはややきつく、一番短い所は幅3m程度で、対岸には微妙にしがみつけそうな岸壁が立っている。登ることはできないが、しがみつきながら下流にトラバースするしかない。シンショウがトップで行くが、6割程進んだところで「ヶボが簿んヴぉw!」とか言いだした。細引き結んどいたほうが良かったかな。続く皆もやはり必死。ザックが重いの忘れてたよ。昨夜のカジカのようにナメの上に腹を乗せうつぶせで進んだ。
ついに人がいた。釣り客で、1時間程前にクマ(コブ付き)を見たらしい。近くまで寄ると向こうから逃げ出したそうな。逢いたくないけど見てみたい。どきどきしながらも何事も無く林道へ詰める沢筋へ到着。念のため水6Lを持つ。浄水に30分程かける。林道に入る。みな凄まじく早足になる。これが例の下山-POWERですな。
バイクすら通れないガレ場にバックミラーが設置してあるが、何か意味あんのかいコレ。取りあえず人工物が増える中で喜びを噛み締める。12時半頃、本当は今日のテン場と考えていた場所に到着。日没まで5時間半。下界に行くぞ!
岩淵マタずれ。雨でズボンが濡れたせいだろう。ペースが落ちる。振り向くとずっと後ろのほうにいて、視線に気がつくと走って来るのが痛々しい。昨日自分もマタずれを起こし、苦しかった。
尾根が低くなり、盆地に差し掛かった頃、ケータイの電波が通じるんじゃないかと考え、電源を入れると電波表示が2本立つ。タクシー会社に電話を入れる。つながった。喜んだのも束の間、自分たちの現在位置をどう伝えりゃいいのか。「どこにおるんですか?」電話の向こうの柔和そうな声をしたおじ(い)さんの問いに答えることが出来ず固まった。地形図上の地名は分ってもらえるのか?というより、この場所は単にケータイの電波が入ってくるというだけで、なんの指標も無い。「すいませんでした。はっきり分かるところまで歩きます。」と言って電話を切り、再び歩き出した。岩淵のペースダウンはますます酷くなる。かけてやる言葉も無い。無言で歩き続ける。と、前方から車が砂利を蹴散らす音が聞こえてきた。車体が見えた。上部にプリン型のランプがついている。タクシーだ。4時15分、小雨で日は出ておらず、辺りが少し暗くなった頃だった。
C6以降に時間表記がないのは気のせいでしょうか。いいえ、気のせいなんかではありません。僕が合宿後に地図をなくしてしまったためです。
文責:富井良介 |