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99年度 冬山偵察 [常念、奥穂高] プリント メール
作者 伊藤   
1999/10/08 Friday 00:00:00 JST

記録 伊藤裕朋

冬山偵察(三股―前常念―常念―蝶ヶ岳―長塀尾根―徳沢)

展望と紅葉を求めて(徳沢―横尾―涸沢キャンプ場―奥穂高―前穂高―上高地)

 月曜日が休日という事で、三連休を利用して、急遽冬山の偵察をしようということになった。メンバーとしては、冬山に行くメンバー全員で行きたいと考えていたが、徳永の不都合により、結果的には瀬川、村井、長江、伊藤の4人で行くことになった。うまい具合に紅葉の見頃の時期に重なってくれないものかと、多少の期待も持って山に向かった。


10/8

 村井は太洋水研でのアルバイトがあったので新宿で落合う事にし、瀬川、長江、伊藤の3人で買出しをして共同装備も持っていった。新宿に早めに行ったので座って行ける位置に並ぶ事が出来た。あまりにも時間があったので、瀬川お勧めのラーメン屋(とんこつ)に行き夕飯とした。失礼ながらその店の名前までは記憶していない。戻って来てみると何と大小様々なザックが増えているではないか。もう1つ奥に並べば良かったと多少後悔しながらも電車の入線を待つ。23:50発の急行アルプスで4人とも座っていくことが出来た。

10/9

 4:43穂高駅に到着。出た瞬間既にタクシーを待つ人の行列が出来ている。始めは別に並ばなくてもすぐにタクシーに乗れるだろうと甘く見ていたが、どうやらタクシーの回転が遅い、これは大分待たされるかもしれない、今日の長い行程を歩ききれるのかと不安がよぎった。ここで1つの教訓。混み合う時期にはタクシーの予約も予めしておくべきである。      

 タクシーに実際に乗れたのは6:15であった。タクシーの運転手に聞いたところ、冬は発電所奥の一つ目の橋辺りまでは車で入る事が出来るとの事であった。そこからは恐らくラッセルになるのだろう。実際に登り始める所までかなりの距離が有るので、相当の雪が積もった時には大幅に時間を食ってしまう可能性がある。

 7:00に三股の駐車場から歩き始めた。暫く車道を歩いた後、登山道に入っていく。1つ目及び2つ目の登山道の分岐にはビバーク適地があった。更に8:45ビバーク適地を横切る。その20m先には沢筋が有った。それから後はその沢筋を左手(西側)に見ながら登っていった。9:10に一度休憩を入れ、10:10漸く稜線に上がる事が出来た。そこはちょうど良いテントサイトになっており、木の幹には赤い目印が多数ある。我々も一応赤布を木に結び付けておいた。そこから前常念の岩場の急登まではずっと樹林帯である(勿論その前も樹林帯)。そこの前常念手前の岩場の急登は恐らく冬場ではロープを出すべき所であろう。間違って転んだ際には沢まで落ちて行く可能性がある。

 前常念には12:10到着。その僅か手前に使用可能な避難小屋とテントサイトがある。冬山ではここで進退の決断をすべきであろう。前常念から常念への最後の登りを除いて、緩やかな登りとなっており、大した問題とはならないであろう。常念岳には13:35到着。ピークの僅か手前にビバークサイトがある。但し冬に使う気にはならないだろう。素晴らしい天気に恵まれ、そこから槍、穂高を繋ぐ稜線と対峙する事が出来た。さすがに日本を代表する岩稜、険峻さが見るだけで伝わってくる。昨日電車の中で食べる事の出来なかったプリングルスをピークで頬張りながら周囲の眺めを満喫する。そう言えば、いつかもつまみのはずのプリングルスが行動中に出た覚えがある。

 降り口の様子を見た後、14:00に常念を出る。登山道は我々が休んだ所から向かって左側へと10m程進み、そこから本格的に岩場の降りとなっている。但し、その道から僅か左にずれると、断崖になっており、雪が着いた時には迂闊に近寄れないと思われる。本格的に降り始める所にはちょうど良く丈夫そうなハイマツの幹が横に伸びており、下降の際に格好の支点となるのではないか。但し、雪に埋もれて見えなくなっている可能性もある。最初のコルまでは所々傾斜は緩くなるが、概して険しい降りとなっている。冬は岩が中途半端に出た嫌らしい降りとなると思われる。降りの途中の一部傾斜の緩くなった所にはビバークサイトが認められた(14:30そこを通過、目の前に上部が尖った大きな岩が2つ)。2512の北コルにはテントサイトがある。2512は周りに木が無くしかも足場が安定しているので、展望を求めるには格好の場所である。そこから急な降りを振りかえり写真に収めた。                      

 2512から南は針葉樹林帯に入る。2592への登り手前の平地には、テントサイトがある。そこで今日最後の休憩をした後、15:55再び更に先へと足を進めた。2592には16:15に到着し、そこに幕営する事にした。展望を望むには全く良くないが、平らではある。稜線が見えるはずの方角に亜高木の林があり、展望はそれによって阻まれている。冬になるとそれらが強烈な季節風から我々を守ってくれる事になるのではあろうが。やはり、口惜しい。17:30頃まで外にいたが、とても寒かったのでテントに帰る。

10/10

 3:30起床。5時前にテントから出て出発の準備をした後、太陽が出てくるのを待つ。5:42太陽の上端が出る。鮮やかなオレンジ色の光が雲の端から漏れだし、徐々に強烈に輝き出す。いつ見ても素晴らしい、美しい光景である。これからの季節はは空気が更に冷たく済んでくる事があいまって、更に美しく鋭く太陽が輝く季節になる。再びここを訪れる時にも天気に恵まれて欲しいものだ。

 6:10歩き出す。7:05に蝶槍の先2664.3に到着。ここまでの登りの途中は針葉樹林帯であり、それを抜けると岩が出ている登りとなる。見た感じでは、冬場は蝶槍のピークを踏まずに2664.3まで西側を回り込むようにトラバースするべきだろう。2664.3~蝶ヶ岳ヒュッテまでの間は一帯が広く平らである為、何処でもテントを張ろうと思えば張れる情況ではある。別の言い方をすると、平らな分white out の際には迷いかねない。その場合には右手に僅かな斜度を感じながら進んだらいいのではないか。

 連休とあってやはり人が多い、中には槍ヶ岳を背景にして、両腕で槍の真似をして写真を取っている家族連れまでいた。これまで山の真似をしようなどという考えが頭の片隅にも無かった私には、新鮮な感動であった。勿論、真似をしている光景は多少間抜けではあったが、ちょっぴり笑えた。

 2677には8:05着。蝶ヶ岳ヒュッテの南側に天然の風防のあるテントサイトがある。恐らく冬でも良いテントサイトとなるのではないか。8:25長塀尾根を降り始めた。ちょっと降り始めるとすぐ樹林帯に入る。2486までは地図どおりに平坦であり、登山どおりに歩く事は不可能であろうが、両側が急な斜面となっているので、大幅に道を外した場合には自ずと分かるのではないか。そこから先は林床が広く、地形の特徴が顕著ではないと言う事及び周りが見渡せないと言う事から現在地が特定し難く、トレースが無く、更に木の幹に塗り付けてある赤いインクや赤布が見えなくなっていた場合には多少道に迷う事になるであろう。

 徳沢園には11:30到着。人が滅法多い。やはり多くは家族連れと中高年である。彼らもこの三連休を利用して来たのであろう。私自身としては山の中での喧騒は大変嫌いであるが、何せ山に行ける時と言うのは往々にして一般人が連休である事が多いのだ。大学のカレンダーの1週間が7日で無ければどれほど好い事かと、どうしようもない事を考えてしまう。徳沢園で中華三昧を作り、ひなたぼっこをしながら気持ち良く休憩。ついでにつまみも出る。終いにはビールまで出そうになったが、それはさすがに抑える。計画では今日涸沢ヒュッテまで行く予定ではあるが、明日の天気が曇り後晴れである事、及びこれから出発するとすると5時頃まで行動しなければならないこと、日差しが昼寝をするにはちょうど良いと言う事等から始めは行き渋っていたが、結局12:35勇断を下し涸沢へ出発した。ここで長江は私事から上高地に向かって我々と分かれた。後から長江に聞くと帰りのバスは大変な混み様であって2時間ほどバスに乗るのを待たされ、しかも新島々駅には19時頃に着いたとの事であった。相当の渋滞であった事が覗われる。これだから混み合う時期は頂けない。

 13:30横尾着。途中瀬川が芸能人とすれ違ったと言い出したが、その方面に疎い私は全く分からなかった。横尾にもキャンプ場があったが、例に漏れなくテントが所狭しと並んでいた。横尾山荘からちょっと戻った所に川を渡れる部分がある。以前まで使われていた橋はどうやら壊れて使い物になら無くなっていたようだ。横尾谷を川に沿って歩いていると鳥の鳴き声にも似た動物の鳴き声が聞こえる。顔を上げるとニホンザルが木の上で戯れている。単調な歩きに多少疲れた気分を紛らわせてくれる。屏風岩の正面に差掛かると、村井は長江から借りた双眼鏡を出し、岩を注意深く観察しだした。どうやらrock climbing をしている人間の姿が見えるらしい。目を凝らすと確かに人間が動いている。私もあの高度感に浸り、気持ちの良い風に吹かれたいものだと、羨望の念に駆られながら、通り過ぎる。涸沢を渡ったところで一息入れる。ぞろぞろと列になって下山してくる人間の群れが絶えない。人間にもどこかに、ムースやエルク、ヌー、レミングなどの動物と同じ様に、集団で移動する習性が残っているのではないかと思わせるほどである。

 そこから2本で涸沢ヒュッテに到着したが(16:20)、幕営適地を探すのに手間取り、テントを立て終わった時にはもう暮れかかっていた。我々の前には既に、私がこれまで見たこと無いような巨大なテント村が広がっていたが、小屋から離れた水場の10m程上に上がった所に、下が土でしかも平らな小エス1張り分のテントサイトが残っていた。これだけの人間が入っている中で、これほどの完璧なテントサイトが残っている事に半ば不信感を抱きながら、早々とテントを広げた。そこからは水場もトイレも近かったので、恐らく数あるテントの中でも、我々のテントが一番良いところにテントを張ったのではないか。今日の労を労ってビールを開ける。

10/11

 4:00起床。5時前にはテントを出てテントを片付け始める。天気予報どおりに多少曇っているが、それほどでもない。これ以上雲が多くならないように願いながら、写真を撮った後に、5:55出発。せっかくの朝日が北尾根と屏風の頭を繋ぐ稜線に阻まれそれほど景色的には美しいとは言い難い。涸沢ヒュッテの近くから分岐している南側の登山道を使って、登り始める。2万5千分の1の地形図でいうと、ザイテングラードの「ド」の字の辺りで休憩する。雲海が低い事にも助けられて、以前の2日間よりも東側に広がる青く霞んだ山並みをはっきりと見ることが出来る。村井ペースに引っ張られて穂高岳山荘には7:50到着。700mの標高差を2時間で登りきった事になる。たとえ疲れていてもペースが落ちないところはさすが村井である。穂高岳山荘の北側にはテントサイトがあったが、ここにも3張りほどまだテントが張ってあった。キツイ登りの後だったので休憩の心地よさにつられて長めに休んでしまった。雲はどうやらそれほど多くはなっていない。この程度なら十分に奥穂高で展望を楽しめそうである。

 30分掛けて奥穂高のピークに立つ(8:45)。ここで前々から出そうと考えていたウィンナーを出した。ピークの裏にちょうど良い休める空間があったので、そこを利用してウィンナーを火に掛けた。岩壁が天然の風防となり、休憩にはもってこいである。更にはテントを張ることの出来る空間まであった。

 雲の間から見える槍ヶ岳もまたいいものだ。ジャンダルムもよく見える。村井は例の双眼鏡を出して人が岩に取り付いていないか観察している。吊尾根の向こうに見える前穂高から急降下する重太郎新道は見る限り険しそうである。この降りの途中で年配の夫婦が怪我で苦しみながら降っていると誰が想像したであろう。この老夫婦とは後に一緒に降ってくる事となる。

 十分に景色を満喫した後、前穂高への分岐を目指す。分岐には10:45到着。サブザックのすぐに出る村井に水を持ってもらい、ピストンで前穂高岳のピークを踏みに行く(登り25分、降り20分)。中央アルプスが手に取るようにはっきりと見える。谷口さん達のパーティーはどうなっているのだろうかと、むこうのパーティーの事が頭を過った。12:05ザックを置いた所に戻ってきて荷物を纏めてからすぐに降り始めた。遠くから見たとおりやはり険しい。勿論、経験を積んだ者、自分が落ちるはずが無いと思っている者にとっては大した下りではない。我々もその類だったのか、順調に降っていった。このペースだと1時間弱で岳沢に着く事が出来るなと思ってどんどん降っていくと、梯子の下で老年の女性が、他の登山者から何やらしてもらっている。どうやら足首を故障しているらしい。我々が降りていって、見てみると足首に大き目の三角巾が巻いてあり固定されていた。この状態でこの険しい下りを進んできたのだと言う。片足がまともに使えない状態で、よくも滑落せずにここまで来たものだ。しかもロープ無しである。1つ間違えれば死を免れ得ない下りが断続的に続いていたのだ。何と大胆な行動だろう。

 ここまでの行動でその三角巾が緩んでいたようだったので、私がもう一度縛りなおしておいた。歩き方が余りにも頼りなかったので、これではこの険峻な降りでいつか滑り落ちるだろうと考えて、結果的にロープで途中まで一緒に下って行くことにした。2時間ほど一緒に下って、危険な個所がなくなった所で、ロープをほどいてその老夫婦と分かれた(怪我をしていたのは女性のほうで、男性の方は奥さんの小さ目のザックを背負っていた)。別れ際にその老夫婦から壱万円を頂くが、山中では登山者同士無償で助け合うのが流儀である。我々も以前に、そのようにして随分と助けられたのだから。さんざんお金は貰えないと辞退したが、その場の収拾が何時までたってもつかない様相を呈していたので、取敢えずそのお金は預かることにした。結局は岳沢ヒュッテで、怪我人がこの小屋に向かって歩いている旨を言伝して“その老夫婦にそのままお返しして下さい”と頼み壱万円は置いてきた。やはり登山中は何が起るか分からぬもの、ロープとカラビナ、三角巾は必携である。

 その後、我々はバス時間が迫っていたので先を急いだ。15:05岳沢ヒュッテに着く。残っていた村井の秋味を出した。うまい。これまでは飲まされる感が多少あったのが、今日は何故か自分から飲みたい気分がする。私もここに来て漸くその美味さが分かり出したのか。自分でも不思議であった。喉を潤すには少な過ぎたが、その分の水分は水で補給した。ここからの紅葉は素晴らしかった。手前にはバランスよく色づいた広葉樹林、その奥には灰白色の岩稜、そして青い空。絵に書いたような秋の風景を背景にして記念写真を取る。これまでの行程で一番の紅葉と出合う事が出来た。徳沢では行き渋っていたが、来た甲斐があった。

 十分に休憩した後、15:35上高地を目指す。飛ぶような村井のペースに合わせて降って行くと、あっという間に風穴に差掛かった。ペースが早かった事もあって、体が火照っていたのでひんやりした風が気持ちよく肌を滑って行く。村井と瀬川にとっては涼し過ぎるのか、風穴からの風に直接当ろうとしなかった。この周辺は素晴らしい森である。恐らく極相に達しているのであろう。林床は広く、苔むし、巨木が森の大部分を占めている。特にカツラの木は立派であった。リスなどの小動物もちらほら目に入る。落着いた緑が実に良い。一度訪れてみてはは如何であろう。

 17:00上高地に出る。カッパ橋を渡り、左に行くとバスターミナルに行き当たる。運が良かった。ぎりぎりに行ったにもかかわらず、5:10発のバスは思ったより混んでいなくて3人とも座って帰って来る事が出来た。しかし道路は渋滞で、新島々駅に着いたのは凡そ6:50。松本行きの電車が7:12発だったので、急いで着替えをして電車に乗り込む。せめて体を拭きたかったが、何せ時間がない。打ち上げもしている余裕がなく、運河の刀屋でする事になった。下山報告が遅れ、要らぬ心配を木村、岡田両氏にかけてしまい申訳ありません。

 

追記 

 今回の山行の目的は、第一に冬山の偵察。第二に紅葉であった。

 冬山の偵察では赤布が降っている途中で不足してしまった。備えあらば、憂い無し。もっと多量に持っていくべきであった。偵察に行った事で、前常念の登りや常念の下りなどの、自分にとって注意すべき箇所を見つける事が出来たのではないか。村井は常念からの降りをかなり気にしていたが、その対策を確りしてもらいたいものだ。例えばロープの使い方やアイゼンで岩場を歩く経験をしておく等である。テントを張れる所も確認して来た。一番私が心配しているのは稜線よりも、寧ろ始めの稜線に上がるまでと、長塀尾根の降りと坂巻温泉までの長い歩きなのだが。一方、急な登降はロープを使う際のシステムさえ頭に入っていれば何の問題もないと考えている。後はやはり天気が大きな要因となるであろう。冬山では、特に雪崩の起きる可能性のある所では、迅速に通過する事が必要とされる。また天気の回復した期間を有効に生かすために、それに合わせて距離を稼いでおくという事もする必要がある。疲れていてもある程度の注意力を保つ必要がある。それがなくては、自作自演の事故に繋がりかねない。やはり一番重要な要素は体力であろう。冬山に向けて個々人が順調に調整を進めていって欲しい。皆でトレーニングに出よう。また、これから行う雪上訓練を山に生かしていくことが出来るように、雪上訓練で何をすべきかを考え、知識的準備をしてそれに臨んで欲しい。2年生は講習会を頑張って下さい。あとは、装備の手入れをしておきましょう。自分の装備は自分で確り把握しておくのが当然です。現場に、買ったままの状態で持って来ないでください。自己管理(体調、怪我等)と、個人装備の管理は自分の責任です。今年の春のようなことが無い様に。

 心躍らせて冬山へ向えるように、不安要素を出来る限り解消して、メンバー全員で取組もう。準備期間は凡そもう2ヶ月です。しっかりと準備をする事によって、充実した山行にしよう。

最終更新日 ( 2007/11/01 Thursday 00:12:31 JST )
 
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